庶民芸術としての盆栽

私の盆裁感は、庶民芸術と云えども芸術に変わりはないものと考えています。
芸術文化は、文明やスポーツ文化等と異なり、ルールごとは一切無く、自由な発想や豊かな想像を育み、探求を楽しむものと考えます。

私が盆裁に求めたものは、「新たな創造」であり、万人等しく自由奔放な時があるからこそ、世の荒波にも立ち向かえ、進化し続けられるものと信じるからです。
絵画は、才能が必要です。盆裁は、我々凡人にも出来る創造グッツ最適品と考えます。

【ルール有無による類型】
芸術・文化ナシ自由であり、何をやっても、どんな下手な絵や字と描いてもとがめられることは一切無く、当然、どの様な盆裁を創ろうともその方の勝手です。然し、ルールが無いからこそ、多面的見識の中の更なる進化や創造を第三者が評価するものと考えます。
文明アリ如何に利便性が高く、世の中の発展に寄与しても、フェールセーフでなくてはなりません。これを無視すると物理学者ボーアの悲劇、核兵器誕生でしょう。
スポーツ文化アリ基本的にルールが前提条件です。但し、ルールを創りながらゲームを作ること自体は芸術かも知れません。
各ゲーム等アリ同上です。